中国語教室に通う2012.4.8
家の近所の福祉センターで
小学生対象の中国語教室が開かれることになったので
長男と次男を連れて行ってきました。
次男は教室に参加というよりも
授業中横で公文のプリントを解いているだけです。
でもネイティブスピーカーの教える外国語クラスに一時間いること。
それだけでも語学習得には効果があるので
私は可能な限り
外国人と接する機会には子供を連れて行きます。
ネイティブ同士、おしゃべりしている場面なんて
最高です!!
それが英語であろうと、タガログ語であろうと
ベトナム語であろうと!
私はベトナム語も覚えたいー!!
でも難しいー!! ああ!現地に住みたいなあ
住んだらすぐに覚えられるのに。
今日は開校式
一年コースです。
参加者はほとんどが小学6年生
先生は中国の朝鮮族居住区域から
この町にお嫁にきて10年以上がたつ先生です。
私はこの先生とたまにお茶を飲んで
楽しくおしゃべりしています。
今回の教室開催も先生が前もって知らせてくれました。
先生が子供たちに聞きました
「なんで中国語を学ぼうと思ったの?
お母さんに言われたから来たって人、手を挙げて」
というと9人中3人の手があがりました。
それ以外の子に先生が聞きました
「あなたは何で来たの?」
「将来中国語を使いたいから」
「将来中国が大国になるだろうから」
「なんとなく、学びたくて、、」
などの答えがでました。
なるほど。
本日はオリエンテーションなので
30分で終わりましたが
来週からは40分の授業です。
授業の後、先生とお茶を飲みました。
この方も主婦で、小学生の子供さんがいます。
「いやー本当にありがとうねえ
土曜の午前中を差し出して教えてくれる主婦の先生なんて
いないですよ!!
なんでも手伝うからどんどん言ってね!!」
というのが私の正直な気持ちで
彼女にそういいました。
しかもこのクラスの授業料は
郡の教育庁が出してくれます。
といっても、そうたくさんくれるわけでもないので
講師にとっては
かなり「奉仕基準」のお仕事です。
この「無償教育」というのは実にくせものです。
「無償」だから勉強が続くわけでもなく
「無償」だから人がたくさん集まるわけでもないと私は思います。
これは自分がそういうところで「日本語」を教えてみての実感です。
いっそ「タダ」だから
休んでもいいか と思いやすく
「ダダ」だから責任感が伴わないのです。
だから、こうして集まった生徒が10人近くいたとしても
彼らがずーっとこれから毎週顔を出すかどうかということは
全く定かではありません。
くるもこないも何の拘束もありません。
彼らの成績にも響きません。
ましてや中間期末テストが始まると
こういう課外の授業はすぐに割りを食う。
「中国が大国になる未来のための準備」よりも
「目先の試験の点数」の方が
大事にされてしまいがち。
だって最初に彼らに問いただしたように
中国語を習う動機のひとつが「損得」だったら、
中国語学習に掛ける時間が『損」の方に計上された日には
辞めちゃうでしょう。
日本語以上に高い脱落率
を誇る中国語教育で、
いったいどこまで生徒を引っ張れるかが
先生に掛かっています。
田舎の小学生の指導というのは
「教育」に携わっているというより
「飼育」に関わっているんじゃないか
という錯覚を覚えるほど
子供たちの管理が大変!
だと私は思っています。
この「大変なこと」に挑んだ中国人の先生を見て
ただ「偉い!すごい!」 と思っています。
がんばれ先生! 手伝うからね!
それに私も中国語覚えたいし!