2009年の5月のなかばくらいから、
肩の調子がおかしくなりました。
寝違えたのかと思ったのですが、
いつまでたっても直らない
しかもどんどん痛みがひどくなる。
しょうがないのでこの地方の病院に行ってみた。
どこにいっても、山ほどの痛み止めをくれるばかりで
これじゃあ、また痛くなるかもと不安になった。
大学病院も含めて、病院に三軒いったのに
全部病名も違うし、
冷やせ、暖めろ、触るな と対処ほうもばらばら
どのくらい痛いかというと
ひどい時は夜も眠れないくらいだ。
自分の鼻を触ることもできない。
服を着替えるのもつらい
髪も結べない洗えない
料理、掃除は放棄 というありさまで
良くなったりひどくなったりを繰り返して二週間
ソウルから遊びにきた友達が
いい治療院があるからいってみたらと紹介してくれた。
その治療院のことは、友人に前から聞いていた。
とにかく治療がものすごく痛いらしい。
痛いらしいけど、直るのは確からしい。
以前聞いたときは、そんな恐ろしいところに
行かずに済む自分の幸福を感謝したものだったけど
とうとう、行くことになってしまった。
そして、ついにその恐怖の治療院の門をくぐることになった。
整体か、と思っていたが、少し違った
整体もするが、私の場合、メインは汚血をたたき出すことだった。
韓国では結構ポピュラーな方法でプアン器という
カップを肌にあてて、空気を吸い出す
そこが圧力で盛り上がって、
結果的に血行がよくなり症状がよくなる
プアン器を暖めたり、途中で鍼でついて汚血をだしたり
治療院ごとに多少の違いはあれ、普通それほどハードな治療法ではない。
ところが、この先生の治療法というのが
まずそのプアン器を当てる前に
何かの石のような板をつかって
患部の汚血をたたき出す。
擦りだすというの近いかな。
もうここからすんごい痛い
この痛みに耐えて、ようやくプアン器をあてる
以前にもプアン器を体験した経験からそう痛いものではないと予測する。
ところがどっこい
ここからが始まりだった!!!ぎゃー!!
普通は当てるだけのプアン器のカップを使って
患部をゴリゴリと擦っていく。
痛いか と聞かれたので
「ものすごーく痛いです、(涙)」
と答えると、
「そーか、そーか そりゃよかった。自分はは痛くないといわれると
もっと痛くしたくなる性分でな」
そしてプアン器でもりあがった患部に先生がちくちくと鍼をさしていく
これも普通のプアン器ではいたくないのに
先生のはものすごく痛い
そしてまたごりごりごりごり
先生が
「あんたさ、もっと叫んでいいんだよ、そんなに我慢しないで」
「韓国人がくるともっと叫びますか?」
「ああ、もう治療してる間ずーと叫んでるようなのもいるな」
「いや、わたしかなり我慢してないと思うんですが」
「そんなわけねーだろ、あんたの体さ、すげえストレスがたまってるよ
いったいどこまで我慢したら、そんなにストレスがたまるわけ
この肩の汚血みてみ」
うぐうー、恐怖の治療は約一時間
もうほとんど肩の痛みは治まった状態で行ったので、
この治療をうけて劇的によくなったのかどうかは
私にはわからない
でも周囲いる主婦に聞いたところ、
三人くらい子供を生んでるお母さんが
何人かこの肩の痛みというのを経験していた。
彼女たちに聞いたところ、やはり同じような症状で
一度直っても、またぶり返すという。
もう嫌絶対嫌こんな痛いの絶対嫌
生活が全然できないんだもの
それなら治療院の先生の一時間くらいなんでもない。
出産を超えた女にいたいモンなんかあるか。
多分、ソウルを離れて、
気晴らしをするところが減ったせいで
ストレスがたまってたのかな
そして、治療が終わって、肩にたまってたものが
吐き出されて、顔の血行がすごくよくなり、頭がすっきりした。
ところがだ。
誰かに、なにか言われて、くやしいなと思いつつ、
ここで言い返すと、長くなるからとか、人間関係があるからとか、
今は黙って、あとで話合おうとか思って我慢して
いることってあると思う。
そういうのが耐えられなくなってしまった。
波風立てないように、うまくやろうと
いったん感情を押し込めて、顔で笑顔をつくって
ということをしようとすると、
肩の辺りが、もわーんと変な感じに包まれて
あの痛みが戻ってくるのだ。
もう頼むから我慢しないでくれ。
もうためきれないから と体が言っているようだ。
そのすごい治療をする先生は
患者の体にさわるとその人の情動がわかるそうだ
この一週間ものすごく怒ったとか。
わたしは日本人としては、かなり自分の気持ちを表現する方だと
おもうけど、韓国人と比べたらぜんぜん違うんだそうだ。
はあー、私は日本人なのねーとつくづく思ったのでした。
この治療院はソウルの麻捕地域にあります。
要予約、そして痛いということは覚悟して行きましょう。