「シズコさん」 佐野洋子
この本はとても不思議な本です。
なぜなら、私の本棚からこの本を借りて行った人が、
返してくるときには必ず、「私とお母さん」の関係をしみじみと語り始めるからです。
これは絵本作家の佐野洋子さんが、自分とお母さんとの心の葛藤を書き出した本です。
佐野さんは、お母さんの愛情を受けられませんでした。
大人になってから思い返すと、父親に似すぎて、父親の愛を欲しいままにした長女の佐野さんに、お母さんが嫉妬していたのだということが分かるのですが。
佐野さんはお母さんとの関係においてずっと傷付いてきました。
そして佐野さんもまた、そんなお母さんを愛することができませんでした。
佐野さんが社会的に成功しても、素敵なご主人と結婚しても、その痛みは薄れることはありませんでした。「私は母さんを好きじゃない。母さんを愛せない。母さんにさわれない。」
ことあるごとにその思いは佐野さんを苦しめてきました。
母親を愛せない人が実はたくさんいるということを知っても、
母親のことを客観的に見たとき、決して悪い人ではないと分かっていても
その痛みが薄れることはありませんでした。
お母さんを老人ホームにいれることになって、一ヶ月35万円のホーム代を佐野さんが
一人で払っていても、私は母さんをお金で捨てたんだという罪悪感が募るばかりでした。
そしてお母さんに痴呆の症状が現れ、どんどんひどくなって、もうすっかり子供に戻ってしまったとき、ようやく佐野さんはお母さんにさわれるようになったのです。
娘の顔も分からない。金銭感覚もとっくになくなってしまった。
社会性というものをすっかり喪失してしまった可哀想な老婆になってしまったとき
ようやく、佐野さんはお母さんを前にして愛されたかった素直な気持ちを言葉にすることができたのです。
佐野さんは言います
「あの頃、私は母さんがいつかおばあさんになるなて、思いもしなかった。」
そしてすっかり呆けてしまったお母さんを抱きしめ佐野さんは号泣します。
「ごめんね、母さん、ごめんね。」生まれて初めて素直に言えました。
呆けてしまったお母さんも正気に戻ったのか
「私の方こそごめんなさい。あんたが悪いんじゃないのよ。」
佐野さんの中で今までの嫌悪感が溶けていきます。
「呆けてくれてありがとう。神様、母さんを呆けさせてくれてありがとう」
佐野さんは50年以上も自分を苦しめつづけてきた、自責の念から、自分も全く思っても見なかった方向で解放されました。そして生きてきてよかった。本当に生きてきてよかった。こんな日がくると思っていなかったと語ります。
お母さんは93才でなくなり、ようやく、お母さんとの心の葛藤から解放された佐野さん自身も
すでに70才です。
佐野さんはこの本のなかにお母さんと自分との葛藤を隠さず書いてくれました。
ある時期の佐野さんは、家族というものがあるから、こんな苦しいことになる。
母さんだって他人だったらいい人なんだ、といいます。
家族という関係が人を幸せにするものではなく、いっそ苦しめるものでしかないと
しか思えなかった時期があるそうです。
家族内の心の問題に関しては、いろいろな説があります。
傷付いた自分を癒すために、まずは家族という枠をはずして、お母さんを憎む心や、殺したいという思いまでも自分に許すことは必要だと思います。
しかし人間関係において傷付くから、家族というものがなかったほうがいい、というわけではないはずです。
佐野さんは家族関係において、深い傷を負ってきましたが、何故か晩年、その家族関係においてとてつもない幸福感を味わうことになりました。
つまり家族という人間関係は良い方に向かったときにはこれ以上もない幸せを生み、
悪い面がでたときは、子供の人格形成にまで影響をあたえるほどの密接かつ重要な関係だということです。
佐野さんの葛藤と傷は何か代わりのもので癒されることはありませんでした。
癒せないヒリヒリする傷口を心に抱えてずっと生きてきました。
それをたとえばカウンセリングで治療しようとか、精神科に行こうとか
そういう方向にも行きませんでした。外部の力で何とかなるとは思えないくらい
彼女の絶望は深かったからです。
一生直らない傷だとあきらめて来たのでしょう。
しかしお母さんの痴呆ですべてが変わってしまいました。
今、ご主人を愛せない人がいるかもしれません。
子供さんを可愛いと思えない人がいるかもしれません。
育ててくれたお母さんに感謝できない人がいるかもしれません。
シブモニにやりきれない葛藤を抱えている人がいるかもしれません。
この本を読んで、それでもいいのかもしれないな、と思いました。
私達が、自分の力でなんとかしようとする以上に
人生ってものはどこかでつじつまがあうようになっているのかもしれない。
悩むことも恨むこともその人に必要な過程であって、
でも、それにはもっと大きな意味があってそうなっているんだよと。
私はそんな風に感じました。
だからもし今現在がうまく行ってなくても、
そんな自分を必要以上に責めなくてもいい。
その問題を何とかしたいという思いがあれば、
人生において思ってもみない形で解決されることがありうるんだということを
教えてくれます。
それを信仰を持つ人間なら神様の導きだというかもしれませんね。
佐野さんは無神論者だそうなのでそういう表現は使っていませんが。
おそらく母子関係に葛藤のあった方が読むとより深いところまで
入っていかれるんじゃないかと思われます。
自虐的に、母さんが好きじゃない、母さんを捨てたという文句がいくつも出てきますが、
佐野さんの心の痛みが伝わってきます。
言いながら自分を責める佐野さんの苦悩が文面から滲み出てきます。
心から血を流している。
佐野さんの生育過程を追ってみたとき、この人はアダルトチルドレンだと言っても良いと思います。
彼女は最初の結婚で夫のDVに遇うのですが
殴られる自分のことを自分が悪いからこうなったと責めています。
まるでアダルトチルドレン関係のテキストを読んでいるようでもあります。
私はあまり母との関係において問題がなかったと思っていますが、
私自身にニーズがなくても、感情を揺さぶられる一冊でした。
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