先ほどのこどもとのコロッケづくりから
思い出した話です。
料理って実はかなり楽しい作業ではありませんか?
私は小さい頃から、
いろんなものを台所で作って来ました。
親が商売で忙しかったので
「あーあ、そんなに台所を汚さないで!」
なんて言われたことは一度もありません。
(日本でもお母さんが厳しい家庭はこれを言われるようです)
親が忙しすぎて目が届かないのを良いことに
好きなように、好きなものを、じゃんじゃん作って来ました。
パスタも、カルボナーラとかなら卵からソースを作りました。
トマトソースもトマトを湯剥きして。
中華の八宝菜だのエビチリも当然ソースから。
カレーも市販のルーじゃなくて、たまねぎを根気よく炒めて最初から。
パンもケーキもパイも手作りしました。
なんでもそれなりに器用に作れたので
何をつくっても大体「おいしい!」 と喜ばれて、
ますます料理が好きになりました。
自分が実際に作ってから
いろんなお店に入っては、その味を食べ比べてみたりするのが
楽しかったですね。
洗濯ものにしろ、掃除にしろ
目のまえにあるものがすっきり片付くのは
気持ちのいいことです。
確かに主婦になってみると
大変ではあるのだけど、それほど家事が苦痛というわけではありませんでした。
そのおかげで、
韓国に来て韓国料理を学ぶ場合でも、
自分の舌で
「おいしい!」
と思ったものは、すぐに作れるようになりました。
そういう家事に対する感覚って日本ではかなり共有されていると思うのです。
製菓にしたって、
ケーキを家で焼いたとか、クッキー作ったくらいの経験は
かなりの人があるはずですし。
日本はなにしろいまやホームメード大国です。
ところが、、、韓国で嫁生活をしてみると
なんか、韓国の女性、わたしの年代から上くらいになると
「家事は罰」
みたいな感覚をもってるのではないかと感じました。
夫の姉さんは、朝からすごいレベルの掃除をします。
最近は年齢のせいで、ゆるくはなっていますが。
まず箒で、床を掃いた跡に
掃除機をかけます。
掃除機が掛かったら、すべての部屋に雑巾がけをします。
(モップとか使いません、すべて4つんばいになって手でやります)
あ、それと床に傷をつけないために掃除機は手にもってかけています。
この横で、洗濯機が回っていますが
脱水しおわった洗濯物を、たらいに張った大量の水でゆすいで
(洗濯物のほこりを落とすためだそうです)
もう一度脱水機にかけます。
布団のカバー類は、掛け布団、敷布団、まくらカバーなどすべて
一週間に一度は、洗濯されます。
リビングのカーペット、クッションも当然。
洗濯も、洗濯機にポイじゃなくて
風呂桶で長時間、多量の酵素系洗剤と漬けおきされた後の話です。
洗濯機に入れられた後も、一回のコースくらいじゃ
勘弁してもらえません。
何度も何度も回されます。
そのせいで、姉さんの家の洗濯機は
寿命が極端に短いのです。
当然のように洗濯物の寿命も短いです。
この方の料理は、、、
ものすごくおいしいのですが
料理しながら、片方の手は、ふきんをもって
いつも汚れたキッチンの壁をふいています。
あらいものが終わったら、
必ずシンク台を磨く。
そして三角コーナーやごみバケツは毎日洗って天日干し。
シンクの収納棚などの表面ももちろん毎日拭き掃除。
これは家事ではなくて苦役?
ではないかとぬるい私なんかは思うのです。
ここの家の娘さん達はあまり家事ができません。
お母さんの家事のレベルがすご過ぎて
最初から入り込まなかったのか、
お母さんが面倒だから寄せ付けなかったのか。
子供さんたちが大学生になっても何もできませんでした。
そしてお母さんもそれを「まずい」とは思っていないようでした。
家事の敷居が高すぎたのではないかと思います。
この方のレベルになりますと
他の韓国人女性からも
「あんたやり過ぎ」
といわれていますが、
清潔を第一の信条とする韓国の主婦としては、
嘆息と共に一応の尊敬を集めているのは間違いない。
しかし、このお姉さんが、
腹が立ったらことあるごとに、娘や目下のものに
「あんた!あらいものしなさいよ!」
と人にあたっているのを見ると
彼女にとって、「家事は罰」なんじゃないのか?
と思えてならないのです。
たのしいことなら、他の人の失点の穴埋めにつかわないでしょう。
そうか、なるほどな
こういうメッセージを発して家事をこなしてきたから
この人のまわりの女の子たちが
「家事ってなんとなくいやだなあ」
と思うのだな。
と私は思っています。
ここのお姉さんはかなり極端な例ですが
多かれ少なかれ韓国の女性が『家事」とか「家のこと」に
関して似たような感触をもっているような気がします。
若いママたちと話していても。
韓日の違いで済めばいいのですが
子育てが絡むと、『家事にまつわること」を
母親がどう認識しているかということは
子供にかなり影響する部分だと思います。
『家事のこと」というのは、「身の回りのこと」ですね。
身の回りのこととは自分にダイレクトに関係する部分です。
その部分において、『家事は罰」だとか、
「身の回りのことはたいした価値がない」というメッセージを
周囲に発していると、
結局は子供達に
「自分は大切に扱われる価値がない」というメッセージを与えてしまうのでは
ないかと思うのです。
女性の位置が低かった韓国。
家のこと、内のことも取るに足らないことという認識が強かった。
だから「チャングミの誓い」のようなドラマは
現代人の韓国人の視覚で作ったものであり
最近まで「料理」のような体をつかう作業に
光を当てる風潮は韓国ではなかったのです。
だから韓国にはその関係の歴史資料がとても乏しい。
韓国って、見た目にはもうそう見えないけど
やっぱり今でも李朝時代の遺産をひきずっているのかもしれないと思うのでした。
「家事」ひとつをとってみても。
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