先日朝8時きっかりに電話がかかってた。
8時の時報と同時くらいだった。
町の年配の方だった。
この午前8時きっかりに掛かってくる電話というのは
あれである。
お年寄りたちの朝は早い
向こうさんはきっと午前5時や6時には起きて動いていて
でも私に電話するには
「こんな早朝から電話したら迷惑だ」という常識はあるのだとおもう。
8時までは待とう、よし!8時になったぞ
という感じで掛かってきた電話であるのは間違いない。
しかし、午前8時、私は末っ子を幼稚園に送るタイムなので
「ああ、全然問題ないですよー」とは笑えない時間である。
とっても忙しい。
こちとらママなんで。
多分向こうには想像がつかないだろうが。
その電話で
「是非一緒に夕食を」と乞われて
晩に中華料理屋であう約束をしました。
ご主人も子供さんもも是非一緒に と言ってくれたが
うちの長女はキャンプ、 長男は習い事で家にいない
いくらどうぞと言われたからって家族全部を連れて行くのも
申し訳ない。
子供たちがいないことがありがたく
夫と末っ子と一緒に出向いた。
「なんで自分が?」 といいながら
夫の友人も一緒に行った。
韓国の田舎ではまだまだよくあることだ。
大体なんで私が呼ばれたのかよく知らなかった。
呼ばれていった場所には
私に会わせるため呼んだと言って
「えみこさんの書いたものを熟読しております」という男性が待っていた。
ああ、ファンミーティングだったのね!
おかゆがつきだしで
今日のためにお持ちしました!という日本産の酒
沖縄の泡盛だった。
息子さんが立派なところにお勤めだそうで
日本出張のときに買ってきた酒だそうだ。
真ん中の大皿料理を
混ぜて食べる
ぴりっと辛い四川料理
貝のスープに
八宝菜のような味
握りこぶし大の平べったいハンバーグ (でも甘くない)
タンスユ
〆の大皿ジャジャン麺
フルーツに
揚げたてあつあつゴマ団子
中国茶がおいしかった。
中華料理三皿目くらいから、もう、はいらんわ!
おなか一杯
私を招いてくれた方たちは
昔、日本の小説にはまったそうだ。
「あの、あれ、あれ! ほらあの小説
『あなたの名前(クデ イルミ)』って日本語でなんていうんですか?」
「あなたの名前? そのままでしょう? あなたの名前」
「うーん、そうじゃなくて、ほら別の言い方ないですか?
あれですよ、戦争で会えなくなった二人の純愛!」
「あー!!君の名は!ですね!」
二人揃って
「あー真知子ー!!」と懐かしそうに叫びます。
二人とも『真知子」さんの名前の響きににうっとりしています。
話は続きます
「それがはやる前に、あの日本の女性作家のみ、み、み、、、なんだったけ?
キリスト教の」 と
いうので
「三浦綾子?ですか?」 と聞くと
「そうです!!三浦綾子の氷点!あれはよかったなあ!」
とおっしゃる。
えーと、みなさま
皆様のお好きな日本文学
そしてその日本文学のヒロインにあこがれた時代をお持ちのようですが
あなたたちの目の前にいるえみこという女は
「日本で生まれた女」だという以外は
そのヒロインたちとはほとんどなんの共通点もないということを
ご了承いただきたく、、、、
私は大して耐えることもできませんし
やったところで中途挫折するのは見え見えでして
ましてや「控えめ」などということになりますと
その全く反対の「出たがり」のほうが近くてですね、、
ということを言いたいが
目の前の男性たちの幻想を壊すのは忍びなく
うちの夫は
「どうもうちの奥さんをかなり勘違いしているようだ」と
私にささやいた。
全くそのとおりだ。
なんか以前から大人相手に日本語講師していたときから
よく言われたんだよな
「私のイメージしていた日本女性というのはまさにえみこさんのような」って
それ大間違いなんだけど
そのイメージってどこで作ったの?
私の母は私が外国人と結婚するということになったとき
「あー良かった! あんたが日本でお嫁に行って
ちゃんとやっていけるかどうか心配してたんだけど
海外なら!すぐには帰ってこられないわね!」
とものすごく喜んだくらいだ。
まあ、そういう風にもともと
彼らは日本に対するイメージがよくて
日本に対する憧れがあったところに
韓国語をしゃべる日本人女性という知り合いができたので
嬉しくて「いっしょに飲みましょう!」と
いうことになったようだった。
私は多分「おとなしくてやさしくて忍耐強くも
懸命でぢっと耐える プラス男を支える
持ち上げてくれる。 どんなことがあってもいつまでも待ってくれる
こんな感じ
の人だと勝手に誤解されているようだ、、、、
そんなわけないだろうが!
ある方は東北地方を旅したとき
その家庭の主婦が『ご主人を見守る姿」に感動したそうだ
「やっぱり日本女性はすごいなあ」って思いました。という
だ か ら!
東北地方には嫁が来なくなって、
結婚したい若い日本女性がどんどん都市に消えていったんですよ
と言いたいが一応黙ってる。
人の夢を壊していけない。
日本女性にたいする夢は果てしないようだ、、、
うちの夫に「日本女性の真実!
目覚めよ韓国人男性!
真っ赤な嘘に騙されてはいけない!」
という本でも書いてもらわないと。
まあ、勝手にいいイメージをもって
持ち上げてくれたようだなあとは思うけれど
最後にある方がこういってくれた
「えみこさんがね、この間
枡富安左衛門氏のことを書いたでしょう。
あれはね、
本当は韓国人がやらないといけないことだったんですよ
自分たちの国につくしてくれた外国人の業績を評価するって
本当は私たちの仕事でした。
それを外国からお嫁に来たあなたが
埃だらけの書庫から古本引っ張り出して
そのことを韓国語で紹介してくれたなんて、、、
えみこさん
あれを書いてくれて本当にありがとうございました。」
と言ってくれたのだった。
私は嬉しくてほろりと涙が出て
こちらこそ、そんな風にに言ってくださってありがとうございますと言った。
泡盛はとっくの昔に空になっていた
追加の酒もやってきた。
彼らはたくさん飲んでたから
私に何を言ったかもう覚えてないかもしれない
でも私はその一言がとてもとても嬉しくて
結局その食事の場での私の記憶は
そこに集約されている。
私も
「自分に都合のいい記憶だけを覚えていられる人」である
かなり長生きするかしら?
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